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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 188

僕の先輩16  妄想省mayoさん

午前中の試験科目を終わってから
キャンパスのカフェで絞りたてのオレンジジュースを頼んだ
窓際のテーブルでちぇみさんのランチを広げた..

...くっはぁー@o@//...

ローストビーフにロブスター..チキンのハーブグリルにシーザーサラダ..
ポテトサラダにクラテルロ..何種類かのチーズ..具材に合わせた各種のサンドイッチの数々..
デザートにパウンドケーキ..

...こんなに食べ切れるかなぁ..

僕のそんな心配は何処へやら..
わやわや..がやごや..どどどどど…ゼミの仲間達が僕のテーブルにやって来た
にょきにょきにょきにょきにょっきにょき…テーブルに広げたサンドイッチに四方から手が伸びた..

わしわし..もぐもぐ..むしゃむしゃむしゃ…
はふはふ..かみかみ..んちゃんちゃんちゃ…
ひーひー..ふがふが..うめぇうめぇうめぇ…

ちぇみさんの豪華版ランチのサンドイッチはあっという間になくなった..
ちぇみさんに『旨かったっス~~』っと電話を入れると
『ミンギく~~ん!!..ガッコのみんなにいっぱい宣伝してねぇ~~へへへ..』
っと..テスさんの可愛い声が聞こえた..
ちぇみさんの"だっれぇ~~ん眉"が受話器の向こうに見えるようだ..

はぃはぃ..了解っス..
僕もベーカリーの営業っスね.はひ..
~~~~~
午後の試験科目を終えてゼミの仲間達と正門近くまで来ると
280-SLが正門脇にぴったりと横付けされているのが見えた
それも..テッカテッカと"黒光り"して…
いつもは正門から離れた場所で止めるクセにさ..ひっひ!!

僕の姿を見つけると..♪ふぉふぉん♪と控えめにクラクションを鳴らし
薄いサングラスをかけた先輩がちょっと笑って控えめに掌を上げた
助手席のドアを開けると小さなケーキの箱がぽつんと置いてある

...テソンさんが朝..車の中で言ってたケーキかな..

先輩は一旦その箱を持ち上げ..僕が助手席に乗り込むと
「持ってて..ミンギ」..と僕の膝にケーキの箱を乗せた

ゼミ仲間の女の子達が見守る中..先輩の280-SLはいつもよりスムーズに走りだした
毎度のばふん!!ばほばほばほ>>>...のエンジン音が聞こえない..
先輩..迎えに来るからちょっと整備したみたいね..
ったくもー..先輩..見栄っ張りぃー(>▽<)#

先輩は車の中で「Lokandaはどうだった?ミンギ..」と聞いた
「ろ..ろかんだ?」と僕が聞き直すと..Lokandaは伊語で[旅籠]って意なんだって
先輩は僕が昨日世話になったヌナ達のcasaのことを[旅籠]..と称した..ってわけ

晩ご飯と..朝ご飯の話をした時..先輩の喉仏がごっくん#..っと動いた..
でも僕はちぇみさんにレポートをチェックしてもらったことは言わなかった..
だってさ..ちぇみさんの添削入った箇所って..先輩がチェックした箇所だったしさ#..はひ..
余計なこと言ってさ..先輩..イジケてむくれたら..困るさ?!

「今度..先輩と飯食いに来い..って言ってたっス..」
「ちぇみさん?」
「ぅぅん..ちぇみさんだけじゃなくて..テソンさんも..テスさんも..ヌナも言ってたっス..」
「ふっ..そぅ..」

三清洞近くの駐車場に先輩は車を止めた
大事そうにケーキの箱を持つ先輩は三清洞の何ヶ所かの路地を曲がり..
細い路地の突き当たりの店のドアを開けた
店内はボリュームを落とした♪が流れていて..静かに落ち着いた空間..
僕は大きく深呼吸をして珈琲の香りを取り入れた

先輩は店に入ると慣れた足取りで真っ直ぐにカウンターに進む..
僕はカウンターの端席に座った先輩の隣に座った
カウンターの向こう側には"おばちゃん"と呼ぶには申し訳ない店主がいた
眼鏡をかけていて..ミモザ色のセーターがより顔立ちを優しく見せていた..

店主は僕の顔を見て「ミンギ君?..」っと先輩に振ると先輩は頷いた..
僕が先輩と店主を交互にきょとんと見ているとカウンター越しに手が伸びてきた
僕は両手でその手を握った..小さくて暖かかった..

「いつもね..噂しているのよ..」
「ぁ..僕の..っスか?」
「そう..」
「先輩~~変なこと言ってんスか?」
「^^;;..」

ちっと口端を上げた先輩が持っていたケーキの箱を店主に渡した

「ぁら..今日はケーキ?」
「ぅん..多分気に入るょ..」
「そう?..楽しみ*^_^*..」

店主が笑うと先輩もふっ..と笑う..
...先輩もそんな風に笑うんだ..

「珈琲..ストレートでぃぃ?..ミンギ..」
「ぁ..ぅん..」

先輩は僕の返事を聞くと人差し指で自分を指して..
次に中指も立てて『2つ..』とカウンターの店主に示した
微笑んだ店主は豆を挽き..ネルドリップにポットの細い口から湯を落とし始める..
僕は店主をじろじろと見ちゃいけないかな..と思ってキョロキョロと店を見廻した
分厚い一枚板のカウンター席と..カウンターの後ろに大きなテーブル..
柱には年季の入った時計が掛かっていた

...ひとりで切り盛りしてるのかな…

「先輩..よく来るんスか?..この店..」
「ぅん..毎日..かな..」
「ぁぅ..そうなんスか..」
「そんなにびくりしないでょ..変?..ミンギ..」
「ぁ..んっとぉ..ちょっと意外っス..」
「ぷっ..」

...先輩..店主とはとても仲が良さそうに見える..
...先輩に似てるような気もするしぃ..ぁ~~..どういう関係なんだろう..

店主が僕と先輩の前にカップを置いた..
先輩がカップに口を付け..ひと口..珈琲を啜るのを待って店主が聞いた

「どう?..今日は..」
「合格...」
「ぁらっ..」
「何ょ..」
「ソヌが即答で誉めるんだもの?↑」
「先輩は美味しい物”だけ”には素直に反応するっスよね..」
「@@#」

僕と先輩を交互に見つめ店主はにこやかな顔で箱からケーキを取り出し..僕等の前に置いた
グラスに入ったケーキは4層になってて..
僕達3人はふふふんふふふん..と鼻を鳴らしてグラスのケーキを味わった..

「このケーキ..名前があるのかしら?..ソヌ..」
「まだ名前は付けてないって言ってたかな..どうして?」
「4つの層..それぞれ個性があるけど..一緒に味わうとまた美味しさが広がるわね..」
「ぅん..そうなんだ..」
「quatre doux..って感じ..そう思わない?..ソヌ..」*quatre doux=four sweet
「ふふ..そうかな..」

「先輩..ちぇみさんとこのケーキっスよね..」
「ぅん..そぅ..この間テス君が試食させてくれたのょ..普段は作らないみたいね..面倒なんだって..」
「へぇ..」
「でもとても美味しかったから..特別頼んで作ってもらったのょ」
「そうっスか..先輩?」
「何..ミンギ..」
「僕は..ついで..っスか?」
「@@#」
「ぁ..はひ..^^;;..」

ガタッ…
後ろのテーブルに残っていた一人の客が立ち上がり..カウンターの端へ歩んできた
先輩は躰の向きを変え..その客に上から下まで視線を走らせる
僕は首だけを回し..釣られてその客に視線を向けた..

僕と同じくらいのその客は背筋がしゃん!!としてて..
白シャツにジーンズ..艶のある濃紺のJKを着ていた
レザーのスニーカーは"H"マークのホーガン...ネイビー×レッドのコンビだった
JKからチラリ見えたジーンスは左足の付け根にワンポイントのスタッズ..またDOAだ..

その客は僕と先輩の値踏みの視線を存分に感じている筈なのに
動ずることなく..会計を済ませながら店主と談笑している
店を出るまでその客の背を見送っていた店主がカウンターの僕等の前に戻ってきた

「見た?ソヌ..彼の今日のJK..素敵だったわね..」
「ふっ..確かにね..それは認める..」
「あら..今日はちょっと好意的?」
「@@..」

「ふふ..いつかは黒セルの眼鏡にストライプスーツだったかしら..」
「ふ~~ん..」
「グレーフランネルだけど..とてもいい生地に見えたわ」
「カシミアでも入ってたんじゃ↓なぁ↑い↓の↑?」
「ふふ..そうね..きっと..次はどんなスタイルかしら..楽しみだわ..」
「ふっ..」

先輩がぽんぽんと"普通の会話"を楽しんでいる..
いつもはどこか語尾の切れた会話ばかりなのに..
僕はカウンターを挟んでの2人の会話を穏やかな心持ちで聞いていた

「さっきの青年..見たでしょ?..ミンギ..」
「ぁ..ぅん..かっくぃーっスよね..」
「ふっ..ま↓ぁ↑~ね→~..」
「^^;;..」

先輩曰く...
濃紺のJKはベロア素材で..ベロアは今季のトレンド..あれだけの艶となるとおそらくシルク混紡で..
それを惜しげもなく着崩し..DOAのジーンズをコーディネートしている..ということだそうで..
先輩は「ふふん..」っとちょっと鼻でせせら笑って..

「でね..あの青年のファンなわけ..”彼女”は→→→」

カウンターの向こう側の"彼女"を人差し指でつんつんつん#..の仕草で指した
先輩に指で指された"彼女"はくすくす笑い..肩を竦めた..

「ぁ..は..そうなんスか..ひひ..」
「あの青年..若いのにね..なかなかいいセンスしてる..それに..」
「…??」
「美脚..美尻なのょ..」
「はひひ..美脚..美尻っスか..(あぶねぇーよ!!先輩#..)..で..何者なんスか?」
「わからない..彼の職業何だと思ぅ?..ミンギ..」
「ん~~...IT系っスかね..」
「がばがば?儲けに走る..それを誇示する..そんな感じには見えないじゃなぃ?」
「ぁ..ぅん..」
「何よりヤリ手!!..って程..眦がキツくなぃ..」
「そぉっスね..」
「案外..サラリ仕事をこなすタイプかもしれないわ..洞察力もありそうよ?..ソヌ..」
「それって..かなりの贔屓目じゃなぃ?..」
「うふふ...そぉ~~かしら?..」
「そぅだょ」

先輩は『面白くないな…』てな顔をしながらも..楽しげに唇を緩ませる
僕は先輩の脇腹をちょぃちょぃ#突っついた..

「先輩..」
「@@??」
「あの..さ..先輩の彼女はぁ..」

…もっと若いっすよね…まさか..そのぉ…ぁのぉ…
僕の声がぼそぼそと口の中で篭もっていく..

先輩は『何言い出すのょ..ミンギ』てな感じで「ぷっ#」っと吹いた
瞼を伏せてカウンターに視線を落とし..
一度カウンターの向こう側の"彼女"と目線を交わした..

「ミンギ..この"彼女"はね..」
「ぅ..ぅん..」


「ナエ..オモニャ..」(僕の..母だょ..)

先輩はゆっくりと僕に振り返り..静かに言った..


Love on the edge   オリーさん

イナが出て行った後、部屋に残された僕たちはただ黙っていた
誰も口を開かず、誰も動かない
ため息ひとつ漏らさず、皆押し黙っていた
スヒョンは壁を背に腕を組んだまま片方の手を額にあて
ドンジュンはイナの出て行ったドアを見つめ
ミンはやや興奮した様子で椅子に腰かけていた
そして僕はその3人をデスクに軽く腰かけながらただ眺めていた

「帰るわ」
そう言って突然ドンジュンがドアに向かって歩き出し、部屋の空気が乱れた
「待つんだ、ドンジュン」
ドアの取っ手を掴んだドンジュンに思わず声をかけた
「何?まだこれ以上何かある?」
ドンジュンがとんがった調子で振り返った
「話がある」
僕は腕を回してドンジュンを呼んだ

ドンジュンが厳しい顔のまま僕の隣に来て、デスクに乱暴に腰かけた
「何、話って」
「ドンジュン・・」
「だから何よっ」
「すまなかった」
「・・・」
また部屋の空気が張りつめた
壁際のスヒョンが揺れたような気がした

「確かにドンジュンやミンの気持ちを考えていなかった、すまなかった」
「ミンチョル、それは・・」
スヒョンが顔を上げ踏み出そうとした
「スヒョン、僕に言わせてくれ」
僕の視線を受けて、スヒョンの動きが止まりまた壁にもたれた

「歌のことは忘れてくれていい。誰か他の面子を考える」
「ミンチョルさん・・」
「ただ・・これだけはわかってほしい。
いつかマンションでカラオケを聞いたときから、お前たちの歌はイケルと思った。
職業病というか、カンというか、閃いたんだ。
だからスヒョンの映画で使ったら、みんなでスヒョンを応援してやれるんじゃないかと、
私情を絡めて企画をねってしまった。
ある意味、やってはいけない事だった。すまなかった」
僕はミンの方を振り返った
「そういう事だ。ミンももういい。悪かった」
ミンはただまっすぐに僕を見つめていた

僕は大きく息をはき話をすすめた
「・・僕とスヒョンは・・・」
今、僕はどんな顔をしているだろう
「祭りの時に決めた。僕らはそういう関係にはならない。
落ちるのは簡単だ。だが落ちたら何も残らない。
僕とスヒョンだけでなく、お前たちにも。
戻ろうと言ったのはスヒョンだよ、ドンジュン」
壁際のスヒョンがまた揺れたような気がした

「だから僕はドンジュンと張り合うつもりはない」
「そんな事わかってるよ」
ドンジュンのくぐもった声が聞こえた
「ただもうひとつだけわかってほしい。つまり・・」
「・・・」
「スヒョンは僕にとって大事な存在だ」
「・・・」
「同僚として、友達としてだけでなくもっと大きな意味で。
ひっそりとでいい、スヒョンには僕の人生を見ていてほしい」
「それって・・何?」
ドンジュンがうつむいたまま呟いた
「ドンジュン…」
「それって一体何なのさっ」
ドンジュンの叫び声で部屋の空気に大きな亀裂が入った

僕はその亀裂に飲み込まれそうになり、しばらく黙っていた
どう説明したらいいだろう
この間ミンに言って聞かせたような事を・・
それでもドンジュンには僕から話さなくては
「ヒョンジュをと言われてまず思ったのが、僕にできるかどうか、だ。
次に音楽の仕事に支障が出ないかどうか。正直、お前とミンの心配はしてなかった。
確かに酷い。イナの言うとおりだ。鈍感で済むことじゃなかった。
たぶん・・僕の心はどこかが欠けているんだろう。
生まれつきそうなのか、僕の育ってきた境遇のせいか、わからない・・
ただどこかに欠陥があるのは確かだ」

「ミンチョル・・」
壁の方からスヒョンの低い声が聞こえた
スヒョンがあの慈悲深い目で僕を見つめているのがわかる
僕はわざと視線をそらして話を続けた
「そうなんだろう、スヒョン?・・だからお前は僕をほっておけない。
そして僕はお前がいるとほっとする。
大丈夫だよ、ミンチョル、そう言ってもらうだけで僕は救われる。
ミンにまっすぐ向かっていけるのも、スヒョンが見ていてくれるから・・」

こんな事まで話していいのだろうか
でも僕は止まらなかった
「親が出来の悪い子供を心配するようにいつでもどこかで見ていてくれる
見ていてもらえる、それだけで安心する。だから・・」
「もういいよ・・」
ドンジュンが小さな声を上げた

「いや、まだだ。もう少し聞いて欲しい」
「・・・」
「最初は、ほんのわずかだが、別の人格になれたら面白いかもしれない、そう思った。
そして今日、契約の後にシン監督に聞かれた。どんな自分を好きかと。
そんなあたりまえの事がわからなかった。
僕は自分が好きではない、と言うより自分の存在を認めたくないのかもしれない。
それではっきりわかった。
ヒョンジュを演れたら、ジンを愛しジンと別れるヒョンジュになれたら
自分に欠けているものを見つけられるかもしれない、
監督の言うように自分自身を見つめ直せるかもしれない。
だから、今はヒョンジュを演ってみたい・・苦しい作業になるだろうけど。
今の僕には人を愛する資格が・・」

「やめてよ。もういいよ」
突然すぐそばでミンの声がして、僕はミンの腕に抱きとられた
「そんなことない・・欠けたりなんかしてない・・」
ミンはそう言って僕の頬を撫でた
それで気づいた
僕がいつの間にか涙を流していたことに・・

ドンジュンがゆっくりと立ち上がり、静かにドアの向こうに消えた
スヒョンはそのまま壁に寄りかかっていた
ミンはそんなことないと囁きながら、僕をずっと抱きしめていた


千の想い 15 ぴかろん

浅いような深いような眠りから覚め、時計を見た
1時になっている
頭が痛い
ああ…風邪ひいた?
やばいなぁ…
RRHに帰ってシャワー浴びて着替えようと思ってたのにな…この調子ではちっと無理か…
俺はギョンジンに電話して、店に俺の服を持ってきてくれるよう頼んだ
「ん…4時には行くからさ。頭痛くて。もう一眠りしたいんだ。ごめんな…」
『構わないけどお前どこに泊まったの?』
「イヌ先生の空き部屋」
『へ?』
「イヌ先生たち、俺のマンションに越したからさ…」
『なんで帰ってこなかったの?』
「んー…ちょっと一人で考えたかったから…」
『…ヨンナムさんの事?』
「…いろいろ…」
『そか…。4時な…わかった。じゃ、店で…』
「悪いな…」
電話を切ってもう一眠りすることにした
携帯のアラームを3時にセットする…
ギリギリまで眠ればきっと…熱も下がる…熱も…冷める


イナに言われたとおり、適当に衣装を見繕って店に行った
「下着もいるんじゃないの?」
というダーリンのアドバイスを受け、僕はイナのクローゼットから…うひん…イナのぱ○つと靴下を出したふひん…
でもちっとも面白くない…ふっつーの黒いぱ○つらもん…ちぃっ…

ダーリンと二人で店に行き、イナを待つ
4時になった
来ない
4時半が過ぎた…
遅くないか?
イナに電話してみる
出ない…
どうしたんだろう…

5時過ぎにウシクさんとイヌ先生がやって来た
「あの…イナがイヌ先生んちに泊まったそうで…」
「うん、昨日の夜、電話かかってきたけど…」
「…4時に店に来るって連絡あったんだけどまだ来なくて…何かあったのかな…」
「…昨日の電話では普通だったけどなぁ…」
「ですよね…来る途中に事故にでも…」
「やな事言わないでよ。先生のマンションってここから近いんだよ。それに車通りも少ない道だし…」
「…じゃ…寝坊?」
「へ?」
「1時頃電話があって…もう一眠りするとか言ってたから…」
「…」
「僕…迎えに行ってきます…マンションの場所、教えて頂けますか?」
「あ…うん…」
メモしてもらった紙とイナの着替えを持ち、念のためウシクさんに合鍵を借り、ダーリンにイナを迎えに行ってくると告げて外に飛び出した
急いで車に乗り込み、出発した
あっという間に着いた
ドアのベルを押し、ノックをしたが反応がない
鍵はかかったままだ
もう出たのかな…どこかですれ違った?
それならいいんだけど…
鍵を開けて中に入ってみた
冷え冷えとした薄暗い部屋のベッドで蠢く影がある
小さい唸り声が聞こえる
「イナ?…イナ…イナ?!」
電気をつけてイナを見る
熱があるようだ…
「…大丈夫か?イナ…イナ!」
「…う…ううん…」
未だ眠りの中にいるイナは、苦しそうな顔でもがいている

ダーリンに電話してイナの具合を知らせた
「僕…ついてたほうがいいと思うから…このままいるよ…」
『わかった…』
医者に連れて行ったほうがいいかな…
とりあえず汗を拭くものは…
ああ…何もない…ハンカチぐらいしか持ってない…
くそ…
「イナ…イナ…解るか?僕だ…ギョンジンだ。ちょっと薬局行ってくるから待っててね」
うなされているイナに声をかけ、外に出て薬局を探す
街を走りながらあれこれと考える
ああ医者といえばビョンウ君だ!彼を連れてこようか…
もう一度ダーリンに電話をかけ、ビョンウ君を呼んでもらい、何が必要か聞いてみる
『僕、すぐに行きますから、とりあえず汗を拭く物と、そうだな…スポーツ飲料飲ませてあげてください。着替えは?』
「下着と普通の服ならある」
『気がついたら着替えさせてあげてください…僕も何か持っていきますから』
「頭とか冷やさなくていいの?」
『濡れタオルで十分でしょう…。用具取りに行ってそちらに向かいますから』
「わかった…」

薬局よりもコンビニか…
飛び込んだ店でタオルと予備の下着とスポーツ飲料を買い込む
パジャマなんて売ってないしなぁ…
まぁいいや…
買い込んだ荷物を持って大急ぎでイナのところに戻った

イナはうなされ続けている
昨日…何かあった?
テジュンさんやヨンナムさんと何かあった?
どうして帰ってこなかったんだ?僕達がいるのに…
額の汗を拭きながら、僕はイナの悲しげに歪む顔を見つめていた


「ギョンジンさん」
「ビョンウ君…早かったな、店は大丈夫かな?」
「僕、看てますからギョンジンさん戻ってください」
「え…でも…まだ着替えさせてない…」
「僕がやっときます」
「え…。でも…」

そんな美味しいとこを新人のキミが…

という言葉を呑み込み、プルプルと頭を振った
不謹慎なボク…
ビョンウ君は、うなされているイナのシャツのボタンを外し始めた
「ききききっキミっ…ななな何をっ!」
「診察します」
「…ごくり…」
「ギョンジンさん、早く店に戻ってください。イナさんが寝込んだって聞いたらみんな沈み込んじゃって大変なんですよ。こんな時こそギョンジンさんの明るさが必要です」
「で…でも…」
「ミンチョルさんもチーフもドンジュンさんもギョンビンさんもずどーんって落ち込んでて…そんな中でテプンさんが妙にはりきってて物凄く浮いてて…。とにかく皆ヘンなんです。店に帰って『大丈夫だから』って伝えてくださいよ」
「…あ…うん…ごくり…」
「何がごくり?」
「あ…いや…診察続けて…」
「…熱は…それほど高くないようですねぇ…。ただの風邪だと思うけど…。あんまり熱出さない人ですか?」
「…多分…。あ、昔銃で撃たれて肺を少し切り取ってるとか聞いたけど…」
「はぁ…なるほど…。わかりました…。あまり関係ないと思います…」
「…」
「じゃ、後は任せてください」
「…あの…。着替えもキミが?」
「…。気付いたら自分で着替えて貰いますから心配しないでください」
「…いや別に心配は…」
「ギョンジンさん」
「はい?」
「早く行って」
「…は…はい…」
というわけで僕はビョンウ君に後を任せて店に戻った


「…うう…うう…ううう」
うなされ続けるイナさんを見守った
額や首筋の汗を拭き、様子を見る
熱が篭ってるってわけでも無さそうだし…よっぽど熱に弱いのかな…。肺の音はキレイだったし、心配ないと思うけどなぁ。

イナさんの顔をこんな間近でじっと見るなんて初めてだ
他の先輩の顔だって恥ずかしくてまともに見られないけど…
顰めても綺麗な顔だな…僕とは違う…
あれ…でも僕も『BHC顔』だった…
じゃあ僕もイナさんみたいに『キレイ』かしらん?
うなされてる人の横で馬鹿な事を考えてしまった…
馬鹿ついでにある事をしてみた
イナさんにそっと僕のメガネをかけさせてみた

うむむ…ぼやけて顔がはっきり見えない…

僕は小さな声ですみませんと言ってから、イナさんのメガネ顔を覗き込んだ
かなり近づかないとわからない…
覆い被さり状態で観察する

…ギョンジンさんが今戻ってきたら絶対誤解する…
ぼぼ僕はのののーまるだっ!
…と思うっ!
こここれは…ちっとその…ある事を確かめたいだけだっ!

じいいい…

ふむ…
僕とあまり変わらない顔のような気がしてきた…
やはり僕も『BHC顔』だ…よかった…
少し自信を持ってもいいだろうか…

「ううあ…てじゅ…てじゅんっ…」
「ひっ!」

眠っているはずのイナさんの手が僕の胸元を掴む
きっちりと喉元まで留まっている僕のシャツのボタンが千切れそうになる
ぐえ…ぐるじい…
ごめんなさいっメガネ取りますからっ…
僕は慌ててイナさんにかけたメガネを外した
イナさんの手が緩んだ

「てじゅ…てじゅ…ああ…」

てじゅって…イナさんの彼氏のテジュンさんの事か…
きっとテジュンさんに怒られてる夢でも見てるのだろう?

「ぁ…いやだ…や…」

ごくり…
これか…イナさんの『お色気』ってやつ…
はうっいけないっ!毎日先輩方の…特にギョンジンさんの…振舞いを見てるからどんどん毒されている気がするっ!

「…よ…んなむさ…」

ん?ナムサン?ちがうな…なんて言ったんだろう…

「よん…なむ…さんいや…いやだ…」

ヨンナムさん?!あのテジュンさんとソクさんのそっくりさんで水持ってくる人か?!
なんだろう…何の夢見てるんだろう…
テジュンさんとヨンナムさん…
そこまで出てきたらソクさんも出してあげてほしいもんだ…
そしたら夢の中でも三つ子が大活躍~♪

ああいけない…。苦しむ人を横にしてこんな…

「てじゅ…てじゅ!いやっヨンナムさんっいやだっテジュン!あ…うう…ヨンナムさ…」

数分間イナさんはテジュンさんとヨンナムさんの名前を呼び続け、苦しんでいた
その様子を見ながら僕はスニの事を思い出した

彼女もよくうなされて苦しんでたな…
幸せに暮らしてるだろうか…

僕は宙を彷徨うイナさんの手をそっと握った
イナさんの顔が少しだけ和らいだ…


千の想い 16 ぴかろん

店を終えて、僕はイナのもとへ急いだ
「おれもいくぅ」と…それはベッドの中で言ってほしい言葉なのだが…可愛い声で叫んでいるダーリンに、ビョンウ君に任せられない事があるからと言い置いて飛び出してきた
「あとでいくからねっ!変なことしないでねっ!」
ちっと膨れっ面のダーリンの声に振り向いてウインクしたらドアに頭をぶっつけた
「僕も後から行きます!」という誰かの声がしたがそれは無視した
車を飛ばして元・イヌ先生の部屋へ
ドアを乱暴に開けるとビョンウ君がっビョンウ君がぁぁぁ!

「何してるんだっ!イナから手を放せ」
「は?」
「なな何でイナの手を握っている!」
「うなされて手を伸ばしてきたから…」
「貸せっ替われっ僕がやる!そういう事は新人の分際でしちゃいけないんだぞ!」
「…はぁ…」

僕はビョンウ君からイナの手を奪い取り握り締めた
ああ…弱々しいイナって…抱きしめてあげたくなるぅうひん…

「あぅ…いやだぁ…やだっテジュンテジュン!」

びくっ…
僕が手を握り締めた途端、叫びだすイナ

「…替わりましょうか?」
「…手が冷たいだけだ」
「いやだ!テジュン!テジュン!いや…」

ごくり…
夢の中でテジュンさんがイナに悪さしてるんだな…
あのクソジジイめ…
イナはイヤイヤイヤと何度も叫び続けた…そんなに叫ぶなら起きろよ…

「ちょっと…脈を拝見しますから手を放してくださいギョンジンさん」
「うまい事言ってイナに何かしようとしてないか?!」
「ギョンジンさんじゃないんだから大丈夫です」
「どういう意味だ」
「うう…う…いやだ…お願い…いや…」
「ほら、イヤだって」

僕は渋々イナの手を放した
ビョンウ君はそっとイナの手を握り、脈を測る
騒いでいたイナはすぅっと穏やかになった
なんだよ!なんで僕だと騒ぐんだよっ!
…ビョンウ君の手がテジュンさんの手の感触と似てるんだろう…
…そうらろうか…
…悔しい…

「そう言えば着替えは…」
「ずっとこんな風でしたからまだですよ心配しなくても」
「し…心配は…別に…」
「そんなにイナさんの着替えを」
「したい!」
「…は…」
「僕が着替えさせるんだからっ!」
「…」
「君は新人なんだからしちゃだめ!」
「…あの…」
「なに!」
「多分イナさん自分で着替えると思いますけど…」
「…」

…悔しい…
なんて落ち着きのある新人なんだ!
こんな…こんな弱々しいイナを目の前にして…
くぅっ…

「…ぅう…」

イナが呻く
ビョンウ君がイナの額をそっと撫でる
イナの表情が少し和らぐ
…悔しい…
僕は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた

「…イナは一度も目を覚ましてない?」
「はい…。何度かうなされてました。テジュンさんの名前と…」
「テジュンさんとヨンナムさんを呼んでた?」
「あ…はい…」
「…」

何の夢見てるんだ
苦しそうな顔して

「二人の名前呼んだっての…人に言うなよ」
「…」
「解った?!」
「…はい…」
「ほんとに解った?!」
「…。彼女の事、思い出しました…」
「へ?」

ビョンウ君は懐かしそうな、そして少し哀しそうな顔をしてぼそぼそと話し出した

僕の彼女って…ソグさんの元奥さんだったんですよ…知ってました?
ソグさん、交通事故に遭ってね…彼女、ソグさんが死んだと思ってたらしい…
それで彼のところから離れた…
ソグさんが生きていたと解った時、彼女は病に侵されてた…
色々あって生きて行くのがイヤになってた僕と、同じように感じていた彼女は偶然出会った
彼女は僕の顔を見て驚いてたな…ソグさんそっくりだって…
僕と出会ってから彼女は穏やかに暮らしていた
僕は彼女の病気を治したくて、彼女のためにもう一度生きなおそうって思って…
彼女に新しい治療法を受けさせた
彼女は僕の熱意に応えて、辛くても苦しくても文句一つ言わずに耐えてくれた
何度も寝込んでうなされて…

「そんな時にね…必ず…ソグさんの名前と僕の名前を…呟いてた…。それを思い出しちゃって…」
「…二人の…名前を?」
「うん…」
「…君はその時どんな風に感じた?」
「…ああ…スニは…彼女、スニっていうんですけどね…スニはソグさんの事、愛していたんだなぁって…」

眼鏡の下から人差し指を入れて涙を拭うビョンウ君
君にもそんな切ない思い出があったんだね…
僕はビョンウ君の肩をポンと叩いた

「…彼女は…スニさんは今は?」
「…ジンソクさんっていうお医者さんと一緒に暮らしてます。僕よりずっと経験の豊富な方ですから…彼女にとって一番いい治療方法を考えてくださってる…。こないだ手紙が来ました。『穏やかな空気の中で幸せを感じながら生きています』って…」
「ふぅん…」
「ソグさんは、僕の知らないスニを知ってる。僕はソグさんの知らないスニを知ってる。でもジンソク先生は両方のスニを知っている
それだけじゃなくて…僕たち二人が知らなかったスニの事も知ってる…。彼はずっと…友達としてスニを見守り続けてきた。友情が愛に変わったんですね…」
「どうしてスニさんはジンソク先生を選んだの?」
「僕、やっきになってあれこれと最新医療を試そうとしてたんです。でも先生は、彼女が今一番したい事とかしてほしい事とかに目を向けて、彼女と僕を励まし続けてくれた。スニは先生に、年下の僕を縛り付けたくないって事と、自分は穏やかに暮らしたいって事を話したらしくて…」
「…離れていった?」
「…僕って…すぐに周りが見えなくなるんです…。僕は『彼女のために』と思って頑張ってたけど…それは彼女のためじゃなくて『僕自身のため』だったんだって気づいて…」
「…そか…」
「ソグさんはスニが病気だなんて知らなかったみたいで…」
「…複雑だね…」
「…でもスニが幸せなら…僕たちそれでいいよねって、こないだ二人で話したんです」
「…あの張り切り設計士と?」
「はい…張り切り設計士と」
「「…くはは…」」
「…じゃ…ソグ君とは違和感なく仲良くなれた?」
「はい」

にっこり笑うビョンウ君は…くふ…中々可愛らしい…
僕はじっと彼を見つめ、彼の顔に手を伸ばした
僕の指先が彼の頬に近づくと、彼は緊張し始めた

「ななな…ぼぼぼぼ…のののの」
「『ナボナはお菓子のホームラン王です』ってのはニホンのCMにあったらしい…」
「は?」
「何緊張してるんだよ…ホ○トとしてやっていくつもりなんでしょ?」
「ははははいっでででぼぼぼのののの」

意味不明の単語を並べるビョンウ君のセルフルメガネに手をかける
ビョンウ君のでっかい頭からでっかいセルフルメガネを引き抜く

「…ぁ…」

ん?んん?!今の「…ぁ…」には何かしらそそるものが…くふん…
メガネの下には可愛らしい顔がある…
彼の顎を人差し指で支えじっと見つめる

「ねぇビョンウ…僕をどう思う?」
「どどどど」
「…かっこいいと思う?」
「はははでででいいい」
「…落ち着いて深呼吸して…」
「ひはひはひは」
「深・呼・吸。できないなら人工呼吸しちゃうぞ」
「けえええっひーはーひーはーひーはっ。はいっかっこいいとおもいますが僕はのののーまるですっひいっ!」

ぶふふ…おもしろーい…

「…ノーマル…たしかにスニさんと恋に落ちたわけだからなぁ…。スニさんとはどこまでいった?」
「そそそんな風に言わないでくださいっ!ぼぼ僕は病身の彼女にヘンな事するようなヘンな奴じゃありませんっ!」
「…てことは…スニさんとは何もなかった?」
「こここ心で繋がってました!」
「…ふーん…。他には?女性と付き合ったことは?」
「ありありあ…あります…けどその子も…病気で…ぐすっ…えっええっ…おおっおおんおおん」

ビョンウ君はイナの手を握ったまま泣き出した
イナの顔が少し歪む
いかん…ビョンウ君を落ち着かせなくては…
僕はビョンウ君よりイナ優先に考えている

「てことはその子ともえっちなし?」
「ええええっちいぃぃ?!」
「声がでかいよ」

頭もでかいけど…

「…そんな…そんな事しませんでした…」
「はぁん…という事はまだ…」
「…」

ビョンウ君は真っ赤になっている
ひーひー

「なぁんだ『ノーマル』じゃなくて『予備軍』だな」
「『予備軍?』なんですかそれは…」
「どっちにでも転べる…。今僕が君に手ほどきすれば…」

うふん…ジュンジョーなボクちゃんをからかうのは面白いっ♪


Love on the edge 2  足バンさん

ギョンビンがミンチョルを連れて部屋を出て行くまで
僕は顔を上げなかった
目に入っていたものといえば自分の靴の先
部屋の明かりに鈍くひかるそれをぼんやり眺めていた

ドンジュンが出て行った時の僕は二重露光のようにブレていただろう
ブレた影は揺れながら分離する

ひとつの影は大きな音を立ててドアを開けドンジュンを追いかけ
その後ろ姿を思いきり抱きしめて離さない
どんなにあいつが暴れても腕の力を緩めない

もうひとつの影は目の前のミンチョルを静かに包み
もう何も言うなと懇願するように囁く
これ以上自分をさらけ出さなくていいと抱きしめてやる

しかし実際の僕はぴくりとも動けなかった
ドンジュンを追いかけるだけの気力も
恋人が寄り添っているミンチョルに…かけてやれる言葉もなかった

ひとりになった僕はようやく顔を上げ、壁から離れてデスクの椅子に辿り着く
あまり頭が回らなかった

イナに突かれた振動にまだ支配されている
イナの言葉は…自覚があるだけに辛かった
そして…それに絞るように応えたミンチョル

 たぶん…僕の心はどこか欠けているんだろう…

ミンチョルにあそこまで言わせた自分に腹が立つ
全ては僕から始まったことだと思うと呵責で胸が痛む

なのに…なのに違う自分もここにいる
思いがけない僕への言葉に揺さぶられ
安堵の想いに満たされてしまった大馬鹿な自分もここにいる

 ひっそりとでいい…スヒョンには僕の人生を見ていてほしい
 大丈夫だよミンチョル…そう言ってもらうだけで僕は救われる

イナ…僕は本当に残酷だ
わかっていてもこんな残酷な自分をどうすることもできずにいる
祭で終ってなどいない
始まりも終わりも…僕の中にそんなものはないんだ

僕はずいぶん長い時間椅子にもたれて部屋の天井を眺めていた

ミンチョルさんの言葉のひとつひとつに窒息しそうになって
僕は何も言わずに事務室を出た
粉微塵に吹き飛ばされる前に逃げ出した

イナさんの容赦ない言葉にやっとのことで耐えたのに
ミンチョルさんの…
あんなミンチョルさんなんて…

コートを着込んで冷えた空気の中に出る
出口で仲良く帰り仕度をしてるスヒョクさんたちに飲みに行こうと誘われたけど
それもいいかなと思ったけど…やっぱりやめた
今日は余計な愚痴をこぼすような自分にはなりたくなかったし
かと言って何ごともなかったふりもできそうにない

いつもの寮への道をのろのろ歩きながら…
きっといつもの道だったと思うんだけど
外灯の切れかかってる場所で道端の金網にもたれてみると
遠くの車だか何だかのこだまがよく聞こえる

 そうなんだろう?スヒョン…だからおまえは僕をほっておけない
 そして僕はおまえがいるとほっとする
 大丈夫だよミンチョル、そう言ってもらうだけで僕は救われる…
 ミンにまっすぐ向かっていけるのもスヒョンが見ていてくれるから…

何も言えない…
ふたりの間の…何なの…そんな繋がりって…どうにもなんない
好きとか何とかそんなんじゃないんでしょ
僕にもギョンビンにもわかんない何かなんでしょ…
もっと…
そんなのどうしようもないじゃない

感じてはいたけれど…
どこかでざわざわと感じてはいたけれど知らないふりしてた
それが今日みんな素っ裸にむかれた
僕と張り合うつもりないって…
同じ場所に立ってないじゃない…

いつかスヒョンが言ってた言葉が今やっとわかった
 
 ミンチョルとは明日から会えなくなっても耐えられる
 でもおまえと会えなくなったらきっと頭がどうかなる

耐えられるのは…ずっと続いてるからでしょ…
会えなくなっても繋がってるからでしょ
始まってもいないものは…終らない
そんな単純なことがやっとわかった

ため息をついて顔を上げると
金網に引っかかった澄んだ月が僕を見下ろす
大きな深い夜に支えられて僕を見下ろす
泣いてもいいよって言ってるみたいに

そうはいかない…
もう泣かないって決めたんだから


やっと腰を上げ事務室の明かりを落としたのは真夜中だった       
店を出て少し迷っていつものバーに向かう
飲むとわかっていながら車で出た

いつものカウンターでいつものキース・ジャレット
いつだったかこの席でドンジュンに歌をやれと迫った
手練手管を使ってキスをして…
ぷりぷりふくれて承諾してくれた

グラスをいくつか空ける間…時折携帯を取り出してはまた仕舞い込んだ

僕はまだ仕打ちをやめないの?
あんなに弱っているドンジュンに尚何かをさせようとしている
傷つけてることはとうにわかっている
それでも側にいてくれるんじゃないかと
まだわかってもらえるんじゃないかと期待している

僕はもう一度携帯を取り出しメールをうつ
苦手でめったに使わないメール
「会いたい」
そんな言葉しか出てこなくて…
迷った末に消去
もうどうでもよかった
携帯をカウンターに滑らせ突っ伏す
バーテンがその携帯を取り僕の近くにそっと置く気配がしたが
僕はずいぶん長いことそのままでいた

カウンターのマホガニーに響く何かの雑音と小さな話し声
曲がビル・エヴァンスの"My Foolish Heart"に替わって
僕は下を向いたままひとり苦笑した

思いきり飲酒運転で家に帰り着き
駐車スペースにかなり不器用に車を停めた

白い息を吐きながら車のドアに寄りかかり
性懲りもなくポケットの中の携帯を取り出す
ドンジュンが勝手に取り込んだ待ち受け…あいつのふくれ顔をずいぶん長いこと見つめて
深呼吸をしてからあいつのナンバーに繋げる

出てくれないことは覚悟の上
会いたいと…今度こそ留守電にそう入れるつもりだった

呼び出し音が鳴りかけた時
僕はすぐ背後に発生したくぐもった電話の音に飛び上がった

振り向くと家の前にあいつがいた
ドアに描かれた絵のように動かないシルエット
僕の手の中の呼び出し音がそこにこだましている

「ドンジュン…」

電話を切るとそのこだまも息を合わせるように止んだ

やっとのことで身体を動かし車を回って階段を上がる
ドンジュンは白い月の影の中で身じろぎもせず真っ直ぐ僕を見つめ返す

いつからいたの…

質問は声にならず
僕は静かにその身体を引き寄せ抱きしめた
重ねた頬は痛いほど冷えきっていた


千の想い 16 ぴかろん

ビョンウ君の頬を両手で包み込み、とびっきりの瞳でにっこりと微笑んでやる
ビョンウ君の瞳は恐怖に引きつり、頭のてっぺんから突拍子もない声を出す

「けええええっやめっやめっ…」
「あはは。冗談だよ。ごめんごめん」

冗談に決まっている!何を好き好んでこんな色気のないボクちゃんを相手にしなきゃいけないんだ!
僕にはセクシーラブリーゴージャスボンバーのダーリンがいるってのにふふん…

「けどさ、君、ホ○トとしてやってくんでしょ?」
「はははい」
「じゃ、このメガネはやめようよぉ」
「…どしてですかっ!」

あれ…ちっと怒った?
僕は手に持ったメガネを少し揺らしてみた

「変だよぉかっこ悪いよぉ。メタルフレームのとか縁なしのとか、コンタクトにするとかいろいろ方法はあるじゃん?」
「…このメガネは僕のトレードマークですっ」
「だってかっこ悪いしモテないぞぉ」
「そんな事ありませんっお客様の中には僕の事可愛いって言ってくださる方も…。初々しくていいって…
そ…それに…メガネ外しちゃったら…僕、個性がなくなるし…」
「んなことないよぉ。BHCで一番若いってアピールできるじゃん…」
「それに…僕…メガネかけて勝負したいんです!」

ビョンウ君は片手で僕からメガネを奪い取り、その顔に装着した…あーあ…

「僕、ジョンドゥさんに負けたくありませんっ!」

ジョンドゥ…薬屋の?

バターン☆

「はあはあはあ只今到着いたしましたっ。くすくす薬はあはあ持ってきま…はぁひい…」

噂をすればなんとやらで、ジョンドゥ君が飛び込んできた
ビョンウ君はジョンドゥ君を睨み付けて、薬なんかいらない、僕がちゃんと治すと言い放った
ジョンドゥ君はビョンウ君に詰め寄り、薬を飲めば快復が早くなりますと言い返した
僕は二人に静かにしろ!と怒鳴りつけた

「…う…ううん…」

イナの唸り声に僕達は一斉に押し黙った
イナは薄く目を開けた
眩しそうな顔をして僕達の方を見る

「…う…あ…。あれ…。メガネ・メガネ・∞(無限大)…」

おいっ!第一声がそれかよ!と突っ込みたかったが、熱で潤んだイナの瞳にクラクラしてしまい、僕は甘い声でイナに囁いた

「大丈夫か?着替えよう。汗びっしょりだ。心配するな。僕が手伝ってやる。体もすみずみまでフキフキしてや…」ばごん☆
「アンタ何やってんだよ!」
「う…ラブしゃま…いつの間に…」
「ジョンドゥさんと一緒に入ってきたの気付かなかったの?!」
「あうっ…ジョンドゥ君の黒縁メガネでラブが見えなかっ…」ばきぃ☆
「静かにしてください。患者さんの傍で騒がないで!」
「キミの声が一番大きいよ、頭も態度もね!」
「何ですって?!あなた薬屋のくせに薬の事なんにも知らないんでしょ?」
「う…そ…そりは…」
「ちょっとぉ…イナさんがびっくりしてるよ…どいてどいて。キミ、ちょっと手、放して」

ダーリンはメガネな二人を制し、ビョンウ君の手を振り解き、イナの手を握り締め、僕の膝にどかっと腰を降ろしたはぁぁぁん
僕はダーリンのヒップラインを観察してしまう…はぁぁん…おぱ、おぱ、おぱ○つらいんがないっ…はぁぁぁんごくり…
また「穿いてない」のぉぉぉ?ごくごくごくりんこ…
メガネな二人はダーリンの姿を上から下まで舐めるように見つめ、ゴクリと唾を呑み込んだ
ええい!新人はダーリンに反応しちゃいけないんだぞ!
そんな器でもないくせにっ!きいっ!

「どう?大丈夫?」
「おれ…どしたの?」
「熱が出て、ずーっと寝てたんだよ」
「…店は?」
「無断欠勤」
「え?」
「本日は営業終了致しました」
「…うそ…」
「なんで昨日帰ってこなかったの?」
「…」
「一人で悩んでちゃだめだよイナさん」
「…でも…一人で考えたかったんだもん…」
「それでこんなになっちゃうなんて…」
「ごめん…迷惑かけた…」
「だめ。許さない」
「…ごめん…」
「だめ」

ダーリンはイナの方に体を寄せ、唇を塞いだきゃああああ

「「ぎゃあああああ」」

メガネズが抱き合って悲鳴を上げる
僕も悲鳴を上げる
ダーリンのキスは濃厚らしい
よく見えない!くそう!
時折『ふ』とか『ぁふ』とかいうイナの喘ぎが聞こえるっきいっ!
メガネズはダーリンと風邪ひきイナの濃厚なキスを凝視している
ああっ見たい!でもダーリンの体を離したくないっ!くぅっ欲の深い男だ僕は…あうっ!

「飲み物取ってきて」

ダーリンはビョンウ君に命令し、腑抜けたビョンウ君がそれに従う
スポーツ飲料を口に含んで、イナに口移しで飲ませるダーリン…くうっそれは僕がしようとしてた事なのにぃっ!
『口移し』にしては時間をかけたその行為を終え、ダーリンは首だけ僕の方に捻ってアカンベーをした
ああん、吸い付きたいっ!

「着替えようね、イナさん」
「…ん…」

はあん…イナの「…ん…」が聞きたかったのにいいっ

「あんた達、外に出てな」

ラブ様の命令には誰も逆らえない
僕ら三人は部屋の外に追い出された

カチン…

けっ!鍵までかけることないじゃん!
僕ら三人は、イナの着替えが終わるまで、大人しく外にいた
カチャンと鍵の開く音がした時、廊下のエレベーターからイヌ先生とウシクさんが保温ポットのようなものを持って降りてきた

「どうしたんです?何ですか?それ」
「ん?イナさんにって、テソンから貰ってきた。おかゆ作ってくれたんだ…。イナさんどう?」
「あ…ああおかゆ…。今気がついたとこで。着替えしてるんですけど、もう終わったみたい。入りましょう」

僕らはみんなして部屋に雪崩れ込んだ

「…何…みんなして…」
「ふわぁ先生、先生の狭い部屋でも宴会できたねぇ」
「うん。こんなに人が入れるなんてね」
「あ、イナさん。テソンがおかゆ作ってくれた。大丈夫?」
「…。さんきゅ…ぐしゅっ…」
「着替えある?一応いらなくなったスウェットとか奥のクローゼットに残してあるんだ」

ぐすっ…。みんなイナのこと、心配してるんだなぁぐすっ

僕はみんなのイナに対する友情をヒシヒシと感じてメソメソと泣いた
ダーリンがまた振り返って僕を睨んだ…
何で睨むのよっ!きいっ!冷たいんだから…
…そういえばイナ…どうして僕の無限大ぐいーんの事を知っているんだ?
…今は聞けない…後で聞いてみよう…








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